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育児記録アプリ「ぴよログ」で生後1カ月の頃の記録を見返すと、0時15分から23時55分まで、子どもの世話の記録がありました。

40歳で初めて父親になった私は、育休を取って妻と一緒に新生児期を過ごしました。
出産前は、ミルクの間隔が3時間あれば余裕があると考えていました。今振り返ると、その考えは甘かったです。
準備と片付けも含めたミルクの時間
我が家は母乳とミルクの混合でした。母乳は妻、ミルクは私が担当し、生後1カ月までは合わせて1日8〜12回あげていました。

ミルクの準備では、粉ミルクをお湯で溶かし、飲める温度まで冷ましていました。飲ませたあとには、げっぷをさせる。そのあとも、哺乳瓶を洗って消毒する作業が残っていました。
準備から片付けまでが、我が家のミルクの時間でした。
さらに、おむつを替え、寝かしつける。乳児の頃の子どもは、抱っこか膝の上でなければ寝てくれませんでした。そこまで終えると、次のミルクまで1時間半程度しか残らない感覚でした。2〜3時間の間隔は、こうして世話をしているうちに、あっという間に過ぎていきました。
寝る時間を確保する難しさを、実際の暮らしの中で知りました。
世話と家事が終わったら、なるべく寝る
子どもが生まれて最初の1カ月、妻は体力の回復と母乳での授乳が中心で、私は家事全般を担当していました。細かく話し合って決めたというより、自然にそうなっていました。
母乳の授乳には1日合計2〜3時間かかっていて、妻はすごく頑張ってくれていました。私はミルクに加えて、大人の3食を作るなどの家事をしていました。おむつ替えは、夫婦で交互にしていました。
次のミルクまでの時間にも、子どもの身の回りのことや家事がありました。一つの世話が済んだら自分が休める、というほど単純には進みませんでした。子どもの世話と家事が終わったら、なるべく寝る。そんなふうに過ごしていました。
夜にどちらが担当するかは、その都度、妻と相談しながら決めていました。深夜から朝方までは、私が担当する日が多かったです。
夫婦で分担していても、昼夜が逆転し、身体的にきつかったです。最初の1カ月は、しっかり眠れなかった記憶が残っています。
少しずつ子どもが1回に飲める量が増え、授乳とミルクの回数も減っていきました。授乳の間隔や子どもの睡眠時間が長くなるにつれて、我が家の生活時間も変わっていきました。生後2カ月頃には、夜に4時間程度まとまって寝てくれるようになり、少し楽になりました。
親の使いやすさも考えた哺乳瓶とミルク
我が家で使っていた哺乳瓶は、ピジョンの母乳実感です。粉ミルクは明治ほほえみ らくらくキューブをあげていました。キューブタイプは、作るときも持ち運ぶときも非常に便利でした。
忙しいときや外出のときには、缶の液体ミルク、明治ほほえみ らくらくミルクも重宝していました。専用アタッチメントを缶につけると、母乳実感の乳首を取り付けて使えました。

哺乳瓶やミルクは、親が使いやすいかどうかも考えて選んでいました。
哺乳瓶から飲んでくれなかった時期
一時期は、哺乳瓶からまったく飲んでくれないこともありました。いつ頃だったかははっきり覚えていませんが、ぴよログを見ると、生後2カ月以降にミルクの回数が極端に減っています。
当時はミルクの種類を変えたり、哺乳瓶の乳首の大きさを変えたり、いろいろ試していました。母乳しか飲まなかった時期には、強い無力感や絶望感もありました。
しばらくは母乳中心でした。生後3カ月を過ぎた頃からは、飲む量にムラはあったものの、自然に哺乳瓶からも飲むようになってくれました。
今、妻と一緒に振り返れる時間
今、妻と最初の1カ月を振り返ると、「忙しくてあまり覚えていないんだよね」という共通の感想になります。
その中でも、子どもの小さな反応は思い出します。お腹がすいているとき、口元に指を当てると、パクッとくわえてくれました。今思えば、そんな反応を間近で見られたことも、すごく貴重な体験でした。
当時のことを妻と話して、同じ実感を持てるのも、育休を取って一緒に過ごしたおかげだと感じています。この共感を持てたことは、すごく良かったと思います。
出産前に思い浮かべていた「3時間」には、準備や片付け、家事まで続く暮らしが十分に入っていませんでした。ぴよログの時刻をたどると、飲ませる時間だけでは終わらなかった、あの頃の世話を思い返します。
