このページにはアフィリエイト広告が含まれています。
今では私の定番になっている、リュウジさんの「至高のペペロンチーノ」。最初に作ったときは、パスタがフニャフニャになりました。2回目は、反対に硬すぎました。
フライパンひとつで作れる料理でも、自分で作ってみると、動画と同じようには仕上がりませんでした。作り方を学ぶことと、実際に美味しく作れること。その間には、台所で手を動かして初めて分かることがありました。
仕事で材料開発に携わってきた私は、料理のこうした試行錯誤を、研究開発に似ていると感じています。
同じレシピでも、使っていた材料が違った
子どもが生まれる前、私は料理をほとんどしていませんでした。育休に入ってからは毎日3食作るようになり、最初は一品物が多かったものの、副菜を覚えて品数も増えていきました。料理が上手くなること自体が楽しく感じられました。
ただ、レシピや動画で作り方を学んでも、実際に作ると上手くいかないことは何度もありました。ペペロンチーノの茹で加減も、その一つです。
参考にしたのは、リュウジさんの「至高のペペロンチーノ」です。フライパンひとつでパスタを茹で、仕上げまで作るワンパンのレシピでした。2回失敗し、美味しく作れたのは3回目でした。
振り返ると、動画と私とでは、使っていたパスタが違いました。動画で使われているパスタは1.4mmで、表示茹で時間は5分です。一方、私が使っていたのは1.6mmで、表示茹で時間は7分でした。ほかのパスタ料理も食べていたので、その太さのものを使っていました。
動画との違いはほかにもありましたが、仕上がりにいちばん大きく影響したのは、このパスタの表示茹で時間の違いだったと思っています。
作り方を参考にしていても、使う材料まで同じではなかった。最初は同じレシピで作ることが大切だなぁと感じました。

台所で感じた、材料開発との共通点
私が料理を研究開発に似ていると感じるのは、こうした条件の違いと、それを扱う経験の大切さです。
仕事の材料開発でも、実験中の現象や、材料を混ぜ合わせる装置(コンパウンド装置)の違いによる特性の差など、経験が必要な部分が多いと感じています。装置が違えば特性にも違いが出る。その感覚が、料理で道具や火力、作る容量によって味や見た目が変わることと重なります。
レシピに書いてあることを知るだけではつかみきれない部分が、料理にもありました。調理中の見た目や香り、音、そして自分の手際。そうしたものも、回数を重ねて作る中で大切だと感じるようになりました。

実際、何度も作るうちに、味だけでなく見た目もよく仕上げられるようになっていきました。定番のメニューは、レシピを見ずに作れるほど手慣れました。
知っている作り方が、自分で扱える経験になっていく。そこには、仕事で材料開発に携わってきた私にとって、なじみのある面白さがありました。
パン作りでは、自分の「こうしたい」が増える
材料開発との共通点が特に分かりやすいと感じるのは、ホームベーカリーでのパン作りです。
最初はレシピどおりに作ります。けれど、もっとふわふわにしたい、もう少ししっとりさせたい、と自分の好みが出てきます。レシピを再現するところから、自分にとっての美味しさを考えるところへ、関心が広がっていきます。
すると、小麦粉は何を使うか、脱脂粉乳から牛乳に変えるか、ドライイーストはどれにするかと、材料の種類で迷います。種類を考えたら、次は入れる量です。自分の好みに近いパンを追い求めると、考えられる組み合わせは無数にあります。
私が焼いているパンでは、国産小麦を使うとしっとりし、焼いたときのカリカリ感は海外産の小麦粉のほうが強いと感じています。しっとり感を取るか、カリカリ感を取るか。同じパンでも、どこに好みを置くかで、材料を見る目が変わります。
材料開発でも、何かの特性を上げようとすると、別の特性とのトレードオフが出てくることがよくあります。一つの良さを追うときに、ほかの特性も一緒に考える。パンの仕上がりを思い浮かべながら材料や量を考えていると、その感覚に通じるものがあります。
何を使い、どれだけ入れ、どんな仕上がりを目指すのか。その過程も、私にとっては料理の楽しさです。
定番になった料理にも、試行錯誤がある
料理をするようになって、作れる品数が増えることに加え、同じ料理を繰り返し作る面白さも感じるようになりました。美味しく、見た目よく作れるようになること。さらに、今度は自分の好みに近づけたくなること。その中で考える材料や条件には、仕事の材料開発と重なるものがあります。
最初にフニャフニャになったペペロンチーノが、今では私の定番になっています。そこに至るまでの失敗も、料理を覚えてきた経験の一部です。
料理をほとんどしなかった私が、台所で、仕事と共通する面白さを感じるようになった。パンに限らず、いろいろな料理に知恵や工夫が要ると感じる今は、作れるようになったことも、そこまでの過程も、楽しんでいます。
